優しい余韻

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魂のあたたかい交流に感謝がたくさん溢れています。

 

 

皆様こんにちは。

 

皆様にはすでにご承知頂いているように、私は1986年6月に、聖なる母性とのチャネルがひらき、暮らしの中で真理を学べる、そんな優しい生き方がある事を知りました。

 

 

 

あれから30年(2016、現在)私は聖母のチャネルとして、聖なる母性の声と光のエネルギーを各地に運び、発信し続けていますので、その経験も増え、そこからわかちあえるものも増えてきました。

 

 

 

けれど、私は今でも相変わらず優しい光の真理を学ぶ、光の生徒でい続けているのです。暮らしの中から かけがえのない天の愛を学ぶ聖母学院(笑)の生徒です。

 

受信者でいられる事に、深い幸せを感じています。

 

学び、成長できること。

 

生活している当たり前の日常の中心から、一分、一秒ごとに気づきがある。

 

 

地球時間がたつごとに成長が増えてゆく。何年たってもキラキラしてる宝物みたいな気づきがある事は、嬉しいですね。

 

今までできなかったことができてゆく、前に進める、先に進める、進化できることは、魂にとって最高のギフトです。

 

進化は、魂にとって自然な方向ですから、人生の一瞬で心が前に進むと、私達の魂には幸せが滲むとともに、爽快感がでてきます。

 

自分が気持ちよくて大好きになれます。

 

この世はプラスとマイナスでワンセットです。

 

私はありがたい事にずっと発信をし続けていますが、けれど、私にとってはいつも受信と発信はワンセット。同時に満ちるいのちの経験であり続け、私にとっては発信することそのものが、学ぶことであり、魂の進化になっております。

 

私が発信する事ができるのは、お読みくださる皆様がいて下さるおかげです。エネルギーの発信は、受信して下さる方がいてこそ。受けとって下さる方がいるからこそ、天を含んでお互いの中にエネルギーが流れて光は交流するのです。

 

最近、Tenderness Lighit(テンダネス ライト)を執筆していて、感じることがあります。

 

エネルギーが溢れるのです。私が発信すると、反応があり、大きな全体のあちこちから反応があります。それがエネルギーとなり、溢れて又私に戻り、私の中から泉のようにメッセージとあたたかいエネルギーとが引き出されてきます。

 

こんなふうにエネルギーが回るのは、メッセージに反応して下さっている受信者がいらっしゃるということです。

 

皆様のお顔は見えませんが、このTenderness Lighitに反応し、私と同じように天に学び、感動し、胸をあたためて下さっている方がいらっしゃることを、私から引き出されてくるエネルギーの豊かさが教えてくださいます。

 

これをお読みくださるあなたが、あなたの中の聖母意識に心動かし、ささやかでもぬくもりを感じ、お読み頂きながら反応して下さるあなたの心の波が、最近私に帰ってきています。

 

その度に私は感動し、これをお読みくださるあなたのお心に感謝を送っております。

 

お読みくださるあなたの素晴らしさが、私を成長させて下さいます。

 

心よりありがとうございます。

まるでエネルギーのキャッチボールをしているみたいですね。

どうか、この地球をあたたかい気づきが優しく包み込みますように。

 

 

さあ、それでは、今日のお話です。

 

 

 

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あなたの姿が消えた後に、温かい名残がいつまでも消えない。そんな時の過ごし方をしなさい。

 

 

 

今日も、初期の頃の聖母の学びのお話です。

 

聖母意識の導きは、日常生活が舞台でした。愛のエネルギーの法則や天の愛がわかるまで、その光のレッスンは何度も何度も 繰り返し日常に訪れました。

 

 

私達は、『人間』といわれるように、人と人との間で学ぶようになっています。

 

ですから、どんなにお人づきあいが苦手という方でも、私達は暮らしの中で、必ず人と関わりあうようにできていますね。

 

 

家族、友人、お仕事仲間、そしてお夕飯のお買い物をする時でさえ、人との関わりが生まれます。

 

聖母意識は、例えば通りすがりの人でも、どんな間柄の人でも、出会いが生まれた時は、そこで、あたたかい時を過ごす事が大切ですと教えて下さいました。

 

 

 

ある日、聖母意識がいいました。

 

『 どんな間柄の人でさえ、出会いが生まれたら、そこであたたかい時を過ごすことが大切です。

 

 

あなたが去った後に、出会った人の胸に温かい余韻が残るような、そんな生き方をしましょう。

 

 

お布団を干した後に残る、お日様の香りのような 温かい残り香があなたが去った後に残るような、そんな一瞬を過ごせるように心がけてごらんなさい。

 

 

あなたの姿が消えた後に出会った人の胸に、温かい余韻が、いつまでもこだまする、そんな優しい名残が残る「時の過ごし方」をするのですよ。

 

 

そうすれば、自ずと魂は磨かれ、美しくなってゆくものです。』

 

 

 

 

 

キラキラと優しさを広げながら、その時聖母は、またひとつ私の胸に優しさの教科書を広げて下さったのです。

 

優しい余韻が残る生き方。

 

その在り方に胸ときめいた私は、さっそく自分なりにトライし始めていました。幸せなことに私には温かい余韻を残して下さる素敵な人がたくさんいたので、そんな余韻を大切にし、私もこんな温かさが残せるように頑張ろうと思いました。

 

 

別れたあとにまた頑張ろうと元気がわく、あたたかい名残が心に残って、嬉しさが消えない、またすぐ会いたくなる、そんな余韻に学び、私もそうありたいと思っていました。しかし、そんな時、私の前にその優しい光の体験は訪れました。

 

 

 

あなたの日常でふわりと開きだす光の教科書。

 

 

 

その日私は数日後に旅行を控えていて、必要があり、旅行用の小降りのバックを探し求めていたのです。

 

けれど、なかなか思うようなものが、見つからず あきらめかけた時ふと小さなショップの前を通りかかりました。

 

 

そこのショーウインドウに小降りのとてもステキなバックを見つけたのです。

 

 

一目でピンときた私は、チリンと鈴の音がなる店内に入り、中にいた女性に声をかけました。

 

 

 

「 こんにちは、あのバックを見せて頂けますか?」

 

 

ところが、一人で店番をしていらしたその女性は、私の問いかけに一言のお返事もなく、奥から私をジロジロと見るばかり。

 

 

「あの、バックを拝見したいのですが・・。」

 

 

ようやく奥から出て来て下さり、お品ものをとると、無言で私にボンとつきつけるように渡しました。

 

そして、まるで私がバックを壊したり、汚すのではないかと疑っているかのように、ジロジロとあからさまに私を監視なさるのです。

 

 

その目つきは疑いが滲んでいて、ごめんなさい、正直に申し上げるととても感じがよくなくて、わずかな時間ではありましたが、それはそれは、居心地の悪いものでした。

 

 

「 いやだなあ。そんなに悪いことするみたいに見えちゃうのかしら?バックはとっても素敵なんだけど、こんな嫌な気持ちでお買い物することもないかしら。やっぱりやめておこう。」

 

 

そう思った私は、バックを見せて下さったことにお礼を申し上げて、早々にお店を出ると、何とも言えない後味の悪さを胸に感じながら、歩きだしました。

 

 

しかし、しばらくすると、なんだか胸がモヤモヤしてきた事に気づきました。何かをハートに感じ始めました。

 

なんだろう??

 

 

感じてみると、『何かを忘れてきたみたいなそんな感覚』が、胸に広がっていたのです。

 

忘れものを、どこかにしてきたような感覚です。

 

 

慌てて確認しましたが、特に何も忘れてはいません。何かを忘れてきたわけでもなさそうです。

 

 

でも、それでも どんどんその忘れものの感覚は強くなります。

 

なにかしら?おかしいな、おかしいな・・。

 

 

次の瞬間、ハッと気づきました。

 

 

『 あっ!私、あの人に温かさを残すのを忘れてきちゃった。』

 

 

この胸のモヤモヤは、そこに学びがあるサインです。

 

本当はそこに光の教科書がひらいているのに、自分が問題をといていないとき、出てくるサインです。

 

 

そこにあった気づきをまだ開いていない時ですね。

 

さっきのお店の体験は、光の教科書だったんだ。私宛の気づきがあったのに、私は嫌な気持ちになって出て来てしまった。

 

どうにもモヤモヤが消えないので、このままでは帰れない。

 

しばらく悩み、私は決めました。

 

 

やはり、もう一度あのお店に戻ろう。戻ってあのバックを買い、あの女性にあたたかい感謝をしてこよう。

 

 

そして、チリンと再びあのお店のドアを、あけました。

 

 

 

気づいたら、愛に向かって実践を

 

 

何度もお手数をおかけしてしまう事をわびてから、にっこり笑顔で声をかけました。

 

今度は温かい、優しいものが、この出会いの中で香ったらいいなと。

 

私はさっきの女性ににこにこしながら、『さっきのお品がとっても素敵だったので、忘れられなくて戻ってきちゃったんです。こちら、頂けますか?』

 

 

一瞬、女性の、まわりの空気がやわらいだ気はしたものの、しかし、女性はあいかわらず、感じがいいとはいえません。にこりともせず、バックを降ろして包みはじめました。

 

 

シーンとした空気が流れるなか、

居心地悪さにまかれつつ私は、「こういう時って、人って期待しちゃう弱いものなんだな。」そんなことを考えていました。

 

 

私は自分の心の中で、少しがっかりした自分の心を慰めながら、

 

「いいの、いいの、戻ってきたからといって、相手が変わることを期待しなくていいの。あなた(自分)から優しさが出せたのだから、それでいいじゃない。相手を自由にしてあげようね。相手がどんな態度であれ、あなたから何をさしだすか、それこそが大事なのだから。』

 

 

自分に心の中でいい聞かせていました。頑張って戻ったものの、少しだけしゅんとした自分のハートをさするように、話かけていました。

 

 

魂の学びは結果として相手が変わることはありますが、本当は相手は関係がありません。

 

自分から何をさしだしたか、自分の態度や、エネルギーの方が大事なのです。私はそれを知っていましたから、けっしてお人のせいにしないで、自分を学ぼうと思いました。

 

相手が変わらなくても、この方にも自由がある。だから、この方が変わらなくても、がっかりしないでこの時間と出会いを温かくすごそうね。そう自分にいい聞かせるように、お包みが終わるのを待っていました。

 

 

感謝を自らの態度の中にこめて、佇みながら。

 

 

すると、温かい何かが心に広がり始めました。そして、私の想像を越えることが起こりました。

 

 

お金をお支払し、お釣りを受け取ろうとしたその時、私の手の中にその女性がパラパラと何かを優しく降らせたのです。それは・・。

 

なんと!キャンディでした。

 

それも、手のひらに入りきらない程たくさんの・・。

 

『え?』

 

驚いて顔をあげると、女性のニコニコッ としたステキな笑顔に出会いました。

 

その、瞬間あたたかく、スイートな優しい余韻が私の胸に広がりました。キャンディは、私の心にキラキラと光となって 降りそそいだようでした。

 

なんて、ステキな余韻なのでしょうか。

 

私はその女性が女神様に見えたのです。私が愛を学ぶために、女性に姿を変えて現れたステキな女神さま。

 

オーケー!あたたかい学び、わかりましたか?と、ニコニコしている女神さま。

合格印はキャンディですか?(笑)

 

あたたかい微笑みを女性と交わしながら、私の胸は、温まっていました。

 

『与えたものが、受けとるもの』

 

はい!

宇宙に向かって手をあげて、お返事したくなるくらい、なんだかとても嬉しかった。

 

 

その後、私は何度かそのお店の前を通る時、ショーウインドウ越しに女性と目があいました。

 

その度にお互いににこっと会釈が生まれます。優しい心のふれあいが、街の一隅にも生まれるようになっていました。

 

人はどんな方も神様に通じるあたたかい心を持っています。

 

一瞬の温かな余韻を残せば、温かな展開が人生には始まるんですね。

 

私達は、どんな状況に、立たされても、自らの心のあたたかさで、その場のエネルギーを変える力を持っています。

 

相手に自由を与えながら、小さな優しさをさしだせば、自分の手に溢れそうなほど、あなたのもとにも幸せな聖母のキャンディが降り注ぐかもしれませんよ。

 

 

 

優しい余韻、大切にしたいですね。