楽園からの手紙~天の関所(3)

 

 

 

 

すべての祈りポイントをまわらせて頂き、ご縁ある皆様と夕食を囲んで、大切な時間をあたためて、

 

 

たくさんの心優しい方々の真心を頂きつつ、与那国島の夜を幸せに休ませて頂きました。

 

 

ぐっすりと休ませて頂きながら、夢の深い領域では、不思議なさざ波を感じ続けていました。

 

 

 

 

とても不思議な気がうちよせていました。

 

 

 

 

懐かしいような

せつないような

くつろいでゆるんでゆくような、

背筋がのびてゆくような。

 

 

 

なんとも表現しづらい感覚が、うちよせていました。

 

 

 

 

ただ、言えるのは、

泣きたくなるくらい、大切な大切なものを、忘れてきたような・・。

 

 

 

それが何か、思い出せないけど、あと少しで思い出せそうな、不思議な感覚がずっとありました。

 

 

大切なものを、託されているような、不思議な感覚でした。

 

 

 

翌朝

再び、第一人者の方から、たくさんのお話をお聞きし、いざ船で海へ。

 

 

 

白波が立つくらい荒い海でしたが、なんとか無事に船は出発。

 

 

 

スタート時は、曇り空でしたが、

 

 

しばらくすると、空がゆっくりとオレンジになり、やがてうっすらと薔薇色に染まると、

 

雲間から、スポットライトのように、一筋の陽光がさしこんで海面を照らしたのです。

 

 

 

「もしかして、あの光が照らしている場所あたりに遺跡があるのでは?」と、思っていたら、やはりそうとのこと。

 

 

 

宇宙のなさる事は、すべてメッセージそのもので、その出会いのタイミングに、一ミリのずれもありませんね。

 

 

 

私達は、船底に移動し、ご指示通りに、おなかをつけるようにして、すぐそばの窓をみると、そこが海底遺跡でした。

 

 

 

石でできた遺跡は、エントランスなど、巨大なもので、亀さんにみえるものや、十字架のサインが刻まれている場所もありました。

 

 

 

静かに静かに、

それは、そこにありました。

 

「出会わせて頂いて、

そばにくる事をお許し頂いて、ありがとうございます。」

 

 

 

そんな気持ちでいっぱいになり、

私は静かなるお導きを、霊性で受けとめます。

 

 

 

遺跡をみながら、私は不思議な感覚を体験していました。

 

 

いつしか、ガイドをしてくださる放送の声も、周りにいる他の旅行者の皆様の楽しそうな声も、横でかかっているラジオのような感じになり、

周りの音は消えて、

私は、ただ 不思議な集中力の中にただよっていました。

 

 

その時、私の中は空であり、まっさらで、なにもなく、ただ在る状態で、私はそこに存在していました。

 

 

 

どれくらい時間がたったのでしょう。しばらくすると、窓越しにみえる私の目の前の遺跡から、私の方へ

 

 

 

 

ぷくぷくぷく・・・。と小さな泡がたちあがりました。

 

 

 

ぷくぷくぷく・・。

 

 

その泡が私の霊性を通りすぎると、

それは、「声」となって、私の中に湧きました。

(さようなら、さあ行って下さい。さあ、行って下さい。頼みましたよ。)

 

 

 

そう泡が、いっていました。

 

 

その声に、私ははっとして、

船は遺跡の周りをまわり、様々な側面を私達が見えるように配慮してくださっていて、その度にインフォメーションがあったのですが、私の気持ちとしては、まだ次があると思っていて、遺跡探検がまだ続くと思っていたのです。

 

 

 

でも、人魚姫を包む泡のように、

優しい泡が

(さようなら、さあ、行って下さい。頼みましたよ。)と、私の背中を押しました。

 

 

 

え?さようなら?

まだ、あるのでは?

 

 

 

 

すると、見学はやはりそこで終わり、そこが最後の見学ポイントでした。

 

 

だから、さようならだったんだ・・。

 

 

しかしふと、気づくと、私の内側には、

ぽっかりと空だった時間に、膨大な情報がダウンロードされていました。

 

 

(さようなら、さあ行って下さい。行って伝えてください。)

 

そう言われていました。

 

 

 

何を伝えなければならないか、私はその時点で、完全に把握していました。

 

 

 

 

多くの魂がかつて夢みたこと。

 

かつて手放してしまったこと。

見失ってしまったこと。

 

 

二度と忘れたくないと誓ったこと。

今度こそと誓ったこと。

 

 

 

女神の時代が開く時代には、再びそれをやり直すチャンスがやってくる。

 

 

 

 

女神の時代、聖母の時代、新しい価値観が、私達の中でよみがえるのです。

 

 

 

それは新しいけれど、

同時に懐かしい真理。

 

 

 

その時、受けとめた情報を、私は少しずつ小出しにして、

ある時は東京で、そして大阪で、

ミゼリコルディアセミナーとして、わかちあってきました。

 

まだまだ、お伝えしたい事、皆で見たい景色が山ほどあります。

 

 

価値の転換が起こる女神の時代には、すべてが変わり、あたたかい所から生きなおす事により、

 

 

すべてが変わってくるのですね。

 

 

 

このハワイから与那国島へとつながれた糸は、この後 鳴門へ、安曇野へと続き、

 

 

 

その糸は天河へ、玉置へ、結ばれて行きました。

 

 

それは、大切なことを、お伝えしてゆくにあたり、自分をあけ渡してゆく大事な関所でありました。

 

 

実践の度数が、充分かどうかを証す関所なのです。

 

 

優しさを語ると、それは綺麗事だとよく言われます。

 

 

けれど、源に通じる優しさは、綺麗事ではなく、

心底 美しいものなのです。

 

 

 

その美しいものを支えるのが、「理解」で、

「理解」は頭だけでは、できない天の宝物。

 

 

 

いくつもの関所に向かう度に、私は学び、証し、祈り、

 

 

そして、そこから開かれてくる世界を、縁ある方々に伝えました。

 

トークを通して、アクエリアスの時代に重要となる、「聖母の周波数」を、全国に運びました。

 

 

 

そして、その天の流れは、2018年、再びわたしをハワイへと、導いたのです。