繊細に耳をすます事

 

 

耳をすませること

 

 

 

 

『例えば、テーブルの上から、一本の針が、床に落ちる。その微かな音にふりむける程の繊細さで、自分に耳をすませなさい。』

 

 

 

 

このメッセージは数年前に、聖母界のマスターから、受け止めましたメッセージです。

 

 

 

今のこの時期、

このメッセージの恩恵を痛感しています。

 

 

 

時代は今、本物の時代。

嘘、見せかけ、人真似がもはや通用しない時代です。

 

 

 

本物の心であること。

つまり真心から生きること。

真心から湧く波動だけが、幸せのパスポートなのです。

 

 

 

でも、私達は優しさの次元を間違えて、自分の本心をごまかしている事がとても多いのです。

 

 

 

ふと、一瞬よぎるかすかな心。

『これ、いやだな』

『あちらがよかったな。』

『本当はこうしたいな』

 

 

 

でも、言いづらいな、嫌われるかな、今さら面倒くさいな、等。

心はすぐにストップをかけ、その直感を打ち消してしまいます。

 

 

 

ふと、優しくランプが点るように、心にある感覚がふれたのに、

 

 

『いやいや、なんとなく思っただけだし』

『自分の勝手かもしれない』と、

直感を打ち消してしまいます。

 

 

 

かすかな直感。

かすかなフィーリング。

 

訪れた『小さな違和感』

それは、あなたを魂の本道へ戻してくれようとする聖なる力が働いているのかもしれません。

 

 

 

それに注意をはらい始めたら、

かすかなフィーリングはどれも、本当は、

あなたをある方向へと導いて行こうとする大きな力が訪れた一瞬だとしたら・・。

 

 

 

あなたの直感、あなたの違和感に、耳を傾ける事には、聖なる価値があります。

 

 

 

 

けれど、

偉大な愛の声である直感は、

さりげなく、「ふと」「なんとなく」というやわらかさで、ふれてくる事が多いのです。

 

 

自分を信じず、注意を払わなければ、見逃してしまいます。

 

 

 

テーブルの上から床に、針が一本おちる。

そのかすかな音には、注意をはらわなければ気づけないかもしれません。

 

 

 

でも、その小さな響きが、のちに大きく扉をひらく鍵になるかもしれません。

 

 

 

あなたのフィーリングに、注意をはらいましょう。

 

 

 

かすかに、「本当はいきたい」「本当はやりたい」となんとなく思う。

 

 

かすかに、「本当はやりたくない」「本当はいきたくない」「本当は気がおもい」と、例えばそう感じているその感覚には、

 

 

 

意味があるのかもしれない。

 

 

細やかに耳を傾ける価値があります。

 

 

 

例えば、ファンタジーやマンガの世界などでは、心に訪れる強烈なインスピレーションや気づきの訪れは、

 

 

 

脳の中を一瞬走り抜ける光の線(針)として、表現されます。

 

ハッとひらめいた時、

大事な事に気づいた時、

心には、強烈な光の稲妻が一瞬ライン状にかけぬけます。

 

その走り抜けるインパクトは、霊的に運ばれる「スビリットの影響力」である事が多く・・。

 

 

 

そのインスピレーションやインスパイア、

 

 

重要な気づきを運ぶ 天界のひらめきは、心に一瞬電気が走るように、心に走りぬける女神の針の姿で表され、

 

 

 

人の心に、天の心が接触した時にインスピレーションとなって走る「気づき」の姿は、

 

 

聖なる針水晶の中の針の姿に、その愛の姿を映し留められています。

 

 

その声、そのインパクトには、

耳を傾ければ、幸せがやってくるのです。

 

その感覚は、あなたに軌道修正を告げているかもしれません。

 

あなたの感覚に、従いましょう。